ワールドビジネスサテライトを見た翌朝、私はワークマンの駐車場にいました。
前の晩、テレビ東京の番組でリカバリーウェアが特集されているのを見たのです。それだけで、朝いちばんに店へ向かい、妻の分と合わせて数万円分を買い込みました。四十二歳の男が、テレビを見た翌日にこれです。
そして、着てみた結果を書きます。何がどう変わったのか、私にはよく分かりませんでした。
それでも私は買いました。しかも即日で。あのとき自分を動かしたのは、性能の説明ではなかったのだと思います。動かしたのは「リカバリー」という言葉のほうでした。この記事は、その言葉がどこから来たのかを追いかけた話です。
リカバリーウェアとは何か?名付けたのは国ではなく民間です
リカバリーウェアとは、鉱物などを練り込んだ繊維で体から出る熱を遠赤外線として輻射させ、血行促進による疲労回復を目的とした衣類のことです。休養時や睡眠時に着るものとして売られています。
ここで先に整理しておきたいことがあります。「リカバリーウェア」は、行政が定めた名称ではありません。民間が使い始めた呼び名です。国が別の名前を用意したのは、それより10年以上あとのことでした。
では、誰がこの名前をつけたのか。調べていくと、メーカーですらありませんでした。
「ケアウェア」を「リカバリー」に変えたのは、ジムのバイヤーの一言だった
日本でこの分野を切り開いたのは、神奈川県厚木市のベネクスです。同社の出自は、床ずれ予防マットレスを開発・販売する介護用品メーカーでした。
出典:プレミアアンチエイジング「ベネクスから移動時間でパフォーマンスに差をつける新商品『Recovery Move Wear』」(2024年3月21日)ライフスタイル誌GOODAが2025年9月に掲載した代表取締役・中村太一さんへのインタビューに、ここから先の経緯が本人の言葉で残っています。それによると、2007年5月に完成させた床ずれ解消マットは、高額で保険も効かず、まったく売れませんでした。そして、開発した特殊繊維の糸が大量に余ったといいます。
余った糸で、ウェアを作りました。2008年2月の展示会で、介護マットの脇に、介護士の疲れた体をいたわる「ケアウェア」として片隅に展示したそうです。
そこに大手スポーツジムのバイヤーが来ました。サンプルを持ち帰り、トレーニング後にこれを着て寝たら体がまるで違った、という連絡が入り、ジムからの発注につながります。ジムの売店で売れに売れ、その評判を聞きつけた百貨店のバイヤーから声がかかり、ショップインショップでの展開が始まりました。
名前が変わったのは、この過程です。そのジムのバイヤーが「運動にはリカバリーが大事だ」と話したのを聞いて、中村さんは「なるほど、リカバリーか」と受け止め、その言葉をそのまま商品の名称にした、と語っています。当時「リカバリー」は、パソコンの修理用語くらいでしか耳にしない言葉だったそうです。
名前を考えたのは、作り手ではなく買い手でした。 私はここが一番おもしろいと思いました。
その後、東海大学・神奈川県との産学公連携で開発された休養時専用のウェアとして、2010年2月に「リカバリーウェア」が完成し、販売が始まります。累計販売数は250万着(2026年6月時点)に達しています。
出典:VENEX「開発ストーリー」、VENEX「ベネクスリカバリーウェア誕生秘話」(2018年10月)布は同じです。変わったのは、その布をどの棚に置くかでした。介護の棚に置けば介護用品になり、休養とスポーツの棚に置けばリカバリーウェアになる。ベネクスは棚を移した側の会社です。
2022年、国はこの服に別の名前をつけた
名前が民間から生まれてから12年後、制度の側が動きます。2022年10月11日、厚生労働省の告示改正により、一般医療機器(クラスⅠ)の一般的名称として「家庭用遠赤外線血行促進用衣」が新設されました。
定義はこう書かれています。遠赤外線の血行促進作用により疲労や筋肉のこり等の症状の改善を目的とした衣類形状の器具で、生地に鉱物等による特殊な加工が施され、一定程度の遠赤外線を輻射するもの。上半身用と下半身用があり、それぞれ少なくとも上腕部と大腿部を覆うこと。サポーターのようなパーツ形状は含まない。同時に示された業界の自主基準では、5〜20μmの波長領域で未加工の対照試料より5%以上の放射率が求められ、着用時の血流量の変化を測る試験手順まで定められています。
出典:厚生労働省「一般社団法人日本医療機器工業会の作成した『家庭用遠赤外線血行促進用衣自主基準』について」(令和4年10月14日事務連絡)、一般財団法人カケンテストセンター「赤外線放射特性(家庭用遠赤外線血行促進用衣 自主基準)」それまで、この種の衣類は「温熱用パック」という名称で届出されていました。衣類のための名前がなく、別の枠を借りて流通していたわけです。
注意したいのは、国が作ったのが「リカバリーウェア」という名前ではない、という点です。行政上の名称はあくまで「家庭用遠赤外線血行促進用衣」で、リカバリーウェアは俗称のまま残りました。制度が用意したのは名前そのものではなく、何を測れば何を言ってよいかというルールのほうだったと思われます。商品タグに並ぶ「一般医療機器」の四文字は、この届出を指しています。
ワークマンはなぜ16日で211万着を売れたのか?
名前が生まれてから15年後、棚そのものが大衆化しました。数字がはっきり出ているので、そのまま並べます。
ワークマンは2025年9月1日、PBリカバリーウェア「MEDiHEAL(メディヒール)」を一般向けに発売しました。発売後1週間で完売。秋冬第1弾の生産分211万着・37億円は、実売期間の平均が16日でした。その後も断続的に入荷したものの、同社は自ら「焼け石に水」と書いています。
出典:ワークマン「【リカバリー在庫復活!】12~2月437万着入荷/既存客に春夏物65万着を12月末先行販売/1月末から全店1500着陳列」(2025年12月18日)同じリリースには、生産拠点を東南アジアから中国へ移し、12〜2月に437万着・71億円を投入したこと、最終的に年間2,000万着以上の生産能力を確保したことが書かれています。当社価格帯のリカバリーウェアは競合が皆無で「作れば売れる」状態になっている、という一文もあります。企業の公式リリースとしては、かなり率直な書き方だと思われます。
私が唸ったのは、その先の一文でした。男性の高年齢層を想定顧客に置き、女性と若年層のニーズを過小評価したことが欠品の原因だったと、自社で認めているのです。ペルソナを決めて動いた結果、ペルソナの外側から需要が来た。そういうことが実際に起きていました。
3社の立ち位置を並べると、この15年の輪郭が見えてきます。
| ブランド | 一般向けの起点 | もとの棚 | 数量の目安 |
|---|---|---|---|
| VENEX(ベネクス) | 2010年2月発売 | 介護用品(床ずれ予防マットレス) | 累計250万着(2026年6月時点) |
| TENTIAL(BAKUNE) | 2018年2月設立のベンチャー | スポーツ・コンディショニング | 櫻井翔さんがCMに出演 |
| ワークマン(MEDiHEAL) | 2025年9月に一般向け発売 | 作業服・ワーカー向け | 第1弾211万着を実売平均16日で完売 |
TENTIALの立ち回りも独特です。テニスの西岡良仁選手は、まず投資家として同社に参画し、そのうえで2025年1月にユニフォームサプライヤー契約を締結して、全豪オープンで着用しました。広告塔を連れてきたのではなく、使っていた人が広告塔になった順番です。2026年8月には、櫻井翔さんとのコラボモデルの予約販売にアクセスが集中し、公式サイトが一時止まる場面もありました。
出典:TENTIAL「株式会社TENTIALに投資するテニスプレイヤー、西岡良仁選手とユニフォームサプライヤーを締結」(2025年1月・PR TIMES)、株式会社TENTIAL 会社概要私が「塩分リカバリー」に手を伸ばした理由
先日、テニスラケットのストリング張り替えでいつも世話になっているヒマラヤに行きました。店内では、TENTIALがレジのすぐ近くという良い場所を取っていて、押し出したい商品なのだろうな、と眺めていたところです。
そしてレジに並んでいるとき、目の前の棚で足が止まりました。ドウシシャの「塩分リカバリー ぷちゼリー」です。195g(15g×13個)で希望小売価格254円(税込)、塩レモン味とラムネ味。要するに、夏場の塩分補給のための商品でした。同社はこれを単品ではなく「塩分リカバリー」というシリーズとして展開していて、大袋キャンディ、ドリンクのポーションタイプ、2026年5月発売のスティックゼリー(184円)まで揃えています。
出典:ドウシシャ「冷やしても、凍らせても、そのままでも。猛暑対策向け『塩分リカバリー スティックゼリー』発売」(2026年5月27日・PR TIMES)自分の反応を観察してみると、我ながら分かりやすいのです。「塩分補給ゼリー」と書かれていたら、まず素通りしていました。塩飴のコーナーは何年も前から同じ場所にありますが、立ち止まった記憶がありません。ところが「リカバリー」の五文字が入っただけで、手が伸びかけました。
何でもリカバリーだな、と苦笑しつつ、笑えないな、とも思いました。私は自分をトレンドに乗せられている側の人間だと自覚しています。少し前には、肩甲骨まわりをほぐすという触れ込みのアイテムを、同じ顔で眺めていた記憶もあります。
新しいカテゴリーは、発明ではなく命名から始まる
言葉が広がると、金額も動きます。日本能率協会総合研究所は2025年11月27日の発表で、リカバリーウェアの国内市場を2024年の189億円から2030年に1,700億円まで成長すると予測しました。同社は、薬機法への品目追加を機に、根拠のない疲労回復訴求の製品が是正されるとも整理しています。
出典:日本能率協会総合研究所「リカバリーウェア市場 2030年に1,700億円規模へ」(2025年11月27日)もっと広く「リカバリー(休養・抗疲労)」市場として見ると、日本リカバリー協会の推計では2025年に7兆6638億円、前年比1.27倍、2019年比では1.91倍です。ただし、この協会はベネクスの中村さんが2015年に立ち上げた団体だと本人が語っています。当事者による推計だという前提で読む必要がある数字だと思われます。
出典:一般社団法人日本リカバリー協会「リカバリー(休養・抗疲労)市場規模2025」(2025年12月18日発表)この20年に起きたことを、呼び名の変化として並べ直してみます。
| 元の呼び名・置き場所 | 新しい呼び名 | 変わったこと |
|---|---|---|
| ケアウェア(介護用品の棚) | リカバリーウェア | 買い手の言葉から改名し、アスリートから一般層まで広がった |
| 温熱用パック(届出上の名称) | 家庭用遠赤外線血行促進用衣 | 効能をどう表示してよいかが定まった |
| 塩分補給キャンディ・ゼリー | 塩分リカバリー | 熱中症対策の棚から、体を戻す棚へ移った |
| 語学学校かエージェントか | 現地留学生のためのメディア | どちらでもない立ち位置が生まれた |
最後の行は、私自身の話です。私が「俺のセブ島留学」を立ち上げたとき、フィリピン留学の業界には語学学校とエージェントの2種類しかありませんでした。どちらも売る側の視点で作られていて、現地の留学生が本当に知りたいことを書いている場所が一つもなかったのです。そこに、どちらにも属さないメディアという名前で立ちました。半年で検索TOP3に入り、1年後には語学学校のほうから掲載を打診されるようになりました。
検索ボリュームの大きい「フィリピン留学」は、意図的に選んでいません。「セブ島留学」という、より狭い呼び名を選びました。棚を広く取るより、狭い棚のトップを取るほうが早いからです。
ベネクスがやったことも、構造としては同じだと思われます。新しい繊維を発明して市場を作ったのではなく、既にあった布に別の名前をつけて、別の棚に置いた。カテゴリーづくりというと発明の話に聞こえますが、実際に起きているのは命名の話であることが多いのではないでしょうか。
自社の言葉を、伸びている棚に置き直せるか
ただし、言い換えれば何でも売れるという話ではありません。ここは分けて考えたいところです。
ベネクスは、東海大学・神奈川県との産学公連携でエビデンスを取りにいきました。ワークマンは、他社の高価格帯と同等の性能を大幅に安い価格で出したから殺到されました。そして制度の側は、2022年に赤外線の放射特性や血流量の変化を測る自主基準を整えています。名前が中身を連れてきたのではなく、中身のあるものに名前がついて棚が開いた、という順番です。中身のない言い換えは、薬機法や景品表示法の対象になります。
そのうえで、私ならこうスタートします。自社のサービスを説明するときに使っている名詞を、3つ書き出してみるのです。「オウンドメディア運用代行」「コンテンツ制作」「SEOコンサル」のような、いつもの言葉が出てくるはずです。次に、そのうち1つだけを、いま世の中が使っている別の呼び名に置き換えてみて、検索ボリュームを見比べます。ボリュームが桁で違っていたら、それは中身の差ではなく、棚の差です。
置き換えた名前で、いまの中身を説明できるか。説明できるなら、棚を移す価値があります。説明にひと言でも嘘が混じるなら、移すのは名前ではなく中身のほうだ、ということになります。
私が数万円を出した朝も、ヒマラヤのレジで足を止めた日も、動かされたのは名前でした。しかもその名前は、ジムのバイヤーが何気なく口にした一言から始まっています。同じことを、自社の側からやれるかどうか。そこが分かれ目ではないでしょうか。
検索順位だけでなく、顧客の頭の中にポジションを作る
リカバリーウェアの効果について、私は断定できる材料を持っていません。着てみてよく分からなかった、という個人の感想があるだけです。それでも211万着が16日で消えたという事実は残ります。
商品が売れるかどうかは、性能の議論だけでは決まりません。読者の頭の中に、その商品を置く棚があるかどうかで決まる部分がかなり大きい。棚がなければ、まず棚を作る。棚があるなら、そのトップを取る。オウンドメディアでやっていることも、突き詰めればこれと同じだと思っています。
検索順位だけでなく、顧客の頭の中にポジションを作る。名前は、そのための道具です。
なお、リカバリー関連の市場も制度も、いまも動いている最中です。この記事の数字は、いずれも発表時点のものであり、現時点における方向性の一つの判断材料として読んでいただけたらと思います。
